つい最近、仕事をすることであまりにもつらい状況でつらいことが起こり、
もうこれ以上精神が持ちこたえられないと思いました。
何のために仕事をするのか。
今の仕事をすることで精神を病むのなら、
そもそも悩みの種である今の仕事をする意味はあるのか。
絶対に今の仕事をしなければならないのか。
一般的に見て子育て中に仕事をするのには
これ以上ない環境だといわれている今の仕事に執着し、
悩み続ける意味はあるのか。
世間から理想だといわれている仕事だと思っているのは幻想なのではないか。
やはり経済的自由を目指している自分としては、
自分自身が行動を起こすべきチャンスなんだと感じました。
そのためには、
・今の仕事はいずれは辞める。
・時短勤務の今しかできないことを残り3年間でやりきる。
・自分の大切にしている家族時間、自分時間を仕事で浸食しない。
・今の仕事に未練なく別れを告げるために、自分にスキルを身に付け次の仕事に進む。
・まずは副業をたくさん試すことから始める。
つらい状況の中で一番の打撃となったのは、
他人から自分への批評。
複数人に対して自分のいないところでダメ出しをされ続けていると知ったとき、
今までの人生で一度も味わったことのない気持ちになりました。
仕事の進捗が厳しく疲労困憊していたところに、さらにこの仕打ち。
頭が真っ白になって、もう何もしたくなくなりました。
周りの人すべてに仕事ができない人だと思われているかもしれないと思い、
悲しさを感じました。
仕事中の一挙一動についてすべて批判されるのではないかと妄想が広がり、
萎縮し追い詰められました。
仕事を辞めたいとしか思えませんでした。
自分がもうこれ以上できないくらい努力しているつもりだったため、
余計に絶望的な気持ちになりました。
しかし、時間が経つにつれ考えたことは次のようなことです。
・他人からの評価は自分が変えられることではないので気にしても意味がないということ
・誰にでも、一定数自分と合わない人間は必ず存在しており、自分も例外ではないということ
・自分のことを認めてくれる人に感謝することに集中する
・自分の変えられる範疇のことに集中する
・自分は完ぺきではないということを忘れないこと
・自分は完ぺきではないので、失敗もして当然
・自分は完ぺきではないし、うまくできないこともあって当然なので
そのことを細かく批評してくる人がいても、その行為には価値を感じないので反応しないこと
一番重要に感じたのは、
・もう自分はすでに十分頑張っているということを自分で認める
ということでした。
他人からの批評で精神がボロボロになっていたとき、
たまたま娘がくれた手作りメッセージカード。
「3人出産してすごいね」
ああ、もう私は人生で自分が最も重要だと思っていることをもう成し遂げていたのだ
と気づいたとき、
自尊心を取り戻したのだと思います。
これ以上私の人生で重要なことなどなかったのです。
自分に対する人格否定するような批評は私にとってまったく意味のないこと。
私のすべてを知っているわけでもないのに、
誰かが私の批評などできない。
他人に軽率に批評する人間は尊敬に値せず、
そういった人からの批評は自分にとっては無価値。
そのような人の評価などに惑わされる必要はない。
こういった思考に至るまで、かなりの努力が必要でした。
どん底の気分になったとき、
自分の幸福とは何なのかと改めて考えました。
家族の健康。
ただそれだけでした。
仕事においての悩み自体、家族の健康があってのことだとも気づかされました。
自分と家族が健康だからこそ仕事をすることができていて、
その中でたくさん葛藤している。
そもそも、
自分と家族が健康でなければ仕事をすることもできず、
仕事で悩むなどということも、
自分の精神状態のことだけを気にしてどん底を味わっている場合でもないのです。
仕事を辞める、辞めないなどということを葛藤する以前に、
仕事をすることができない。
不幸かと思いきや、結構幸せに暮らしていることに気づきました。
幸せの土台に乗った上での悩みでした。
ただ、仕事はいずれ変えたいです。
下の子供が高校を卒業する年齢になるまで今の仕事をやる場合は、あと15年。
ただ、その間にも今回のような心境になることは多々ある予感がします。
その時のための精神的バックアップの資産形成、今の仕事をいつでも脱出できる仕事スキル。
好きな場所に引っ越して自分の好きなように仕事ができる自分になりたいと強く思っている今日この頃です。
本日も家族の健康に感謝して就寝です。
コメント